しらとり日記(埼玉県飯能市 白鳥幼稚園のブログです)

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1月園長だより

明けましておめでとうございます。
昨年はいろいろとご支援ご協力を頂きありがとうございました。
本年もどうぞよろしくお願い致します。

災い転じて福となす
立腰教育との出会い

発表会の一週間前、昭和62年12月3日の9時ごろのことでした。
当時は生活発表会を12月に幼稚園のホールで行っていました。
幕の開け閉めの多い言語劇をやることになり幕数を減らすためにライティングで暗くしたり
明るくしたりして、幕の開け閉めを少なくしようと考えこれを頑張りました。
間もなく幕を取り付ける鉄骨に頭をひどく打ち付けてしまいました。
しばらくして右目に黒いワイパーのような物が見え始めました。
後で知ったことですが網膜剥離の前兆でした。
友人から救急車で埼玉医大に行ったらと勧めもありましたが行きませんでした。
翌朝近くの眼科に行くと網膜剥離ではないとの診断でした。
しかし幼稚園に戻り写真をとっていると右目の右下に黒紫の炎のようなものが見え始めました。
すぐに近くの例の眼医者に行くと網膜剥離とのことで、その日のうちに入院となり、結局この
発表会には出ることができませんでした。
その後眼圧が上がり何度も手術、結果は行うたびに視力は悪くなり地獄のような思いを何度も
経験し今に至りました。
しかし、新聞が読めなくなった私はラジオを聞くようになりました。
そして、6月初めの早朝の番組で立腰教育に関する話を聞くことになりました。
その頃は立腰などという言葉すら聞いたことがなく、何を話しているのか全くわかりませんでした。
九州大学の教授の話の中で福岡の保育園だか幼稚園でかで、この事を行い子どもたちが大変よく
成長している園があるとのお話でした。
訳もわからなかった私は何となく興味をそそられ、先ずはNHKの浦和放送局に電話して今朝の番組
のことについて尋ねましたが、渋谷に聞いてくれとのことでしたので、すぐに渋谷の本局に電話
しました。するとスタッフが帰ってしまったのでわからない、質問があったら往復はがきで送って
くれとのこと。それでもあきらめずに尋ねると、教授の名前だけ教えてくれました。
「いけみ ゆうじろう」という名前の方でした。九州大学の先生なので早速福岡の電話案内で
いけみゆうじろうという方の電話番号を調べてもらいました。
二人同姓の方がおられ、先の方に電話をしました。
すると奥様が出られ、今朝のラジオ番組の話しをすると直ぐにおわかりになり、
こちらが「何という保育園ですが?」と尋ねると「仁愛保育園といいます」
「電話番号を教えてください」というと早速教えてくださり、仁愛保育園についてふれられた
先生の本も一冊紹介して頂きました。
直ぐに仁愛保育園に電話すると、偶然にも園長の石橋富知子先生が直接電話口に出られ、
これまた早速今朝の番組のことを話しますと仁愛での立腰の実践について書いた一冊の本がある
という。これまた早速いただくことになりました。
朝4時に始まり本を送っていただくまでの時間は、それぞれの連絡が上手くいきトントン拍子で
進み10時前にはすべて完了してしまいました。
その後仁愛保育園で送っていただいた本を読み、偉大な教育哲学者の森信三先生を知り、
実践人の会を知り、いろいろな本も購入することができました。
そして洋子先生、青木伸江先生という理解者と積極的な推進者にも恵まれ、6月に立腰について
知り、9月の新学期からまがりなりにも取り組みはじめ現在に至る基をつくることができました。
現在、本園の教育保育の根幹になっている立腰教育、躾の三原則を合わせて四つの習得目標は
ここから始まりました。
もし、目が悪くならなかったらこの森信三先生も立腰教育にも全くご縁がなかったのではと思い、
この教育との深い縁を感じ、災いを福とすることができて本当によかったとつくづく常日頃
思っております。
この教育を行うにあたって、2度もご来園頂きご指導頂いた石橋富知子先生をはじめ先生方、
保護者の皆様方に深く感謝申し上げる次第です。
by keiteki-siratori | 2019-01-10 09:00

12月園長だより

幼児は何故走るのか!???

気づいているようで、気づいていないこと

12月いよいよ押し詰まってまいりました。

子どもたちは寒さに負けず、薄着・裸で元気よく通常通り頑張っています。

過日40年近くも幼児教育に関わってきたのに「気づいているようで気づいていないこと」

として、幼児がなぜ走るのか、私は一回も考えたことがありませんでした。

当たり前と思って何も感じなかったこと、幼児は何故走るのか考えもしなかったことにふっと

気づいたのでした。

それは全くの偶然で、その朝はあるボランティアさんが来られておりました。

年長児がパタパタといい音をたてて園長室の前を走りすぎ、これまた同様に階段を駆けおりて

行きます。「エッ!どうして彼らは走るのだ?」と疑問に思いました。

たまたまボランティアの方が、かつて小学校の養護の先生をしておられたY先生ということも

気づきに関係があったのかもしれません。

ちょっとした手術をする前に、指先で体中の酸素量を測定します。

この数値が小さいとこれを増加させるような訓練を命じられます。

さて、乳幼児は体中酸素量はどうなっているのだろうか?

どうしても調べたくなり、これを測定する機械を購入して調べはじめました。

012歳児から年長児まで測定してみました。

どの乳幼児とも、概ね9798%の酸素量が記録されました。

そのなかで1組の年中児の双子の子どもたちがいました。

1人はよく動く普通の子、もう1人は運動が苦手な子でした。

前者は98%、後者は86%程でした。

小学校の子ども達はどうかY先生に伺ってみました。

1〜2年生はよく走りますが、34年生になると12年生に比べると多少走らなくなります。

56年生になると殆ど走らなくなりますとのことでした。

3年生は9つで、つのつく時代シングルエイジともいい、幼児としても考えられる年齢です。

脳の発達は9歳3年生末までに重量的には発達を完了するといわれています。

脳以外の身体各部位も6年生になるとかなり大人に近い発達をします。

このように脳を含む体の発達のためにはたくさんの酸素が必要です。

成長の終わった成人の脳の重量は、体重の2%強といわれ、その脳は吸収した酸素の20%以上

も消費するといわれています。

成長著しい幼児の脳をはじめとする所器官が発達するために、たくさんの酸素を必要とするのは

当然です。脳は3歳までに60%、6歳までに90%以上発達し、小学校4年生になるまでに

重量的には大人の脳14000グラムほどに発達します。

脳を含む身体の発達も6年生になると大人に変わらぬほどに発達します。

年中児の双子の子ども達の良く動く子は体中酸素が9798%、あまり動かないもう1人の子は

8586%と酸素量が少ない。

この動かない子が年長児になり、よく運動するようになったら、よく動く子と同じように体中

酸素量が回復しました。このデータからも動く・走るということは、体中酸素量を増やすことに

つながる。子ども達はこのこと(動くことが体中酸素を増やすことにつながること)を本性的に

知覚し意識することなく当然のこととして、たまに全速力で走ることもあるが、通常は45キロ

のスピードで走っている。

京都大学霊長類研究所の所長をなさった久保田競先生はひごろよく走っておられる。

そのスピードは5キロ程でこの速さがワーキングメモリーを発達させたり衰えさせない速さだと

いわれる。子ども達の通常の走りは正にこの速さであり、ワーキングメモリーが発達する時期

でもあり誠に合理的で、人間の進化の不思議さを感じせざる得ません。

以上述べたように、このように脳を含む身体が著しく発達するときには、必要な酸素量を確保

するために走るのだと結論してもよいのではないかと考えられます。

白鳥幼稚園では子ども達に園内を走ってはいけないと、少なくとも園長の私は言ったことはあり

ません。

小学校の三年生位までは校内はできるだけ静かに歩くことは抑止力を育てるためにも必要です。

この時期に抑止力(我慢する力)が育つ適時期でもあり、それを育てるためにも廊下などの

校内を走るのを我慢させなければなりません。その代りに校庭に出たら彼らの本性のまま、

欲求を満足させるためにも走りたいだけ走らせてあげたいものです。
by keiteki-siratori | 2018-11-30 12:12

11月3日 飯能祭り

今日は年長組の一部の子ども達と職員が飯能祭りに参加しました。
オープニングを飾るステージで和太鼓の演奏をしました。
運動会で演奏した時とは場所も違い、観客の方も一般の方々がいて雰囲気が違うので
少し緊張していましたが、演奏が始まると元気よく立派に演奏できました。
子ども達のあと、先生たちの演奏が始まると、迫力のある演奏に客席から歓声があがるほど盛り上がりました。
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by keiteki-siratori | 2018-11-03 14:21

11月園長だより

数年前までは、11月になると正門近くの木で百舌が高い声で鳴いていました。
キリキリキリー、キリキリキリーと随分高い声で「あっ百舌だな そろそろ冬が来るな」
と教えてくれたものです。
最近私の耳が悪くなったせいか、或いは百舌が来なくなってしまったのか。
こも独特のキリキリキリー、キリキリキリーという声を聞かなくなってしまいました。
それにつけても 作詞サトウハチロー 作曲徳富 繁の「百舌が枯れ木で」という曲を思い出します。
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百舌が枯れ木で鳴いている
おいらは藁を たたいてる
綿びき車は おばあさん
コットン水車も 廻ってる

みんな去年と 同じだよ
けれどもたんねえ ものがある
兄さん蒔割る 音がねえ
バッサリ蒔割る 音がねえ

兄さん満州に いっただよ
鉄砲が涙で 光っただ
百舌よ寒いと 鳴くがよい
兄さんもっと 寒いだろう

私がこの歌を初めて聞いたのは1957年 昭和32年の冬、恵迪寮(北海道大学教養部の寮)で
ベットを並べて寝ていた仲間からでした。
彼は同じフィールドホッケーをやった仲間ですが、その後は医学部に行き、日本で二人しかいない
イギリス王立アカデミー、メディカル部門のメンバーでもある精神科の医者になりました。
コイツこんな歌を知っているんだとショックを受けつつも感心したものです。
彼は別に歌が上手いわけでもなかったし、それほど音楽が得意で詳しいといったわけでもなかった?
ように思いましたが、その他にもイタリアのテナー歌手カルーソーのイタリア民謡や、オペラのアリア
や間奏曲を聴かされたものでした。
それも札幌の狸小路の「千歳鶴(ちとせづる)」という日本酒の直営店のママにレコードをかけさせ、
我々は酒を酌み交わしながらの一夜は今でも鮮明に覚えています。
さて、私が初めて聞いた百舌が枯れ木でという彼が歌ったこの歌は遠い思い出になりましたが、
白鳥に来てくれた百舌達の子孫には忘れることなく今年も来てほしいものです。
そして子ども達が成人して「鉄砲が涙で 光っただ」なんて国には絶対なってはなりません。

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百舌(もず)について
日本では平地や山地農耕地帯や林、川畔林などに生息・繁殖しています。
秋になるとなわばりを確保しようと高鳴きをしている声が時々聞こえます。
小さな体で威圧感はありませんが、くちばしはタカと同じかぎ型をしていて小鳥やバッタを捕らえる
こともあり、尖った木の枝等に獲物を串刺しにすることは知られています。
冬季は越冬のため飛来(冬鳥)する。
繁殖形態は卵生、様々な鳥(百の鳥)の鳴き声を真似た複雑な囀りを行うことが和名の由来(も=百)




by keiteki-siratori | 2018-11-01 15:21

10月園長だより

美しい心が逞しい身体に

      辛くも支えられる日がいつかは来るその日のために

            身体を鍛えておけ 若者よ

これは私が学生時代よく歌った歌です。歌声喫茶でもデモに出かけスクラムを組んだ時も

歌ったうたの一部です。

全文は

  若者よ 身体を鍛えておけ

美しい心が逞しい体に辛くも支えられる日がいつかは来る

     その日のために体を鍛えておけ若者よ

この「若者」という言葉を「幼児よ」又は「子ども達よ」にしても良いのではと思います。

運動会や遠足を通して、正に学年に応じた幼児なりの逞しい身体をそれに伴う逞しい心。

例えば、年長児でいえば、年少、年中児のころからあこがれてきた組体操、リレー、和太鼓。

いざやってみると、いろいろと苦痛がともなったり、幼児なりの悩みも生まれてきます。

一人ひとり、又は皆で工夫してよりよい方法を考え出します。もちろん担任やいろいろの

先生のアドバイスもありましょう。そして、毎日の工夫と体験を通して、この苦痛を乗り越え、

達成の喜びを自分のものにすることができるのです。そして、やる気、我慢すること、考え

工夫すること、みんなで考え協力し建設的な発想や行動へとつながる体験、そして相手を

思いやり優しさが育っていきます。いわゆる非認知能力⇒生きる力が育っていくのです。

なにかを自分のものにするためには、決して安楽な環境の中では育ちません。

日本人は幸せなことに、衣食住はある程度満足できるように先人たちが働き整えてきました。

物質的にはとても豊かになったといえましょう。そのことにより心身ともに苦痛をともなう

人間的に、いや動物としての厳しさを体験することができず、いざという時の苦難に初めて

遭遇し、手も足もでないという別の苦痛にみまわれることになります。

こどもたちには無理のないように配慮して、適切なこのようなものを育てたいものです。
by keiteki-siratori | 2018-10-01 08:37

9月園長だより

幼児教育はやる気に火をつけることだ

この言葉は京都大学医学部長後に第16代同大学総長を歴任された※平沢興先生の言葉です。

先生はのちに幼児教育に大変興味関心を示されその体験の中から幼児教育が、その後の人間形成

に如何に大切かそして最も大切なのが「幼児のやる気に火をつけることだ」という結論をだされた。

私も常日頃幼児教育で最も身につけねばならぬこととしてやる気(意欲)、意思(志)であると信じ

てこれを本園の子ども達には身につけて卒業してほしいと常に念じて日々の教育を行ってきたつも

りです。

お蔭さまで立腰教育、体育ローテーション、音楽日課、言語日課をはじめとして多種多様な体験を

積み重ねる活動を通して、又先生方、保護者の方々の理解と熱心さと相まって多くの子どもたちが

これを自分のものとして巣立っていくことができました。

さて、二学期は最も長い学期であり、運動会、作品展等々これらを育てる活動も多く、そして何よ

り子ども達が園に慣れ最も伸びる学期でもあります。どの子にとってもそれぞれに豊かな実りある

二学期であらねばなりません。

本学期もどうぞよろしくお願いいたします。

※昭和33年(1958年)の7月 京都大学が当番校でフィールドホッケー七帝戦が行われました。

 その時に開会の挨拶を平沢興先生がされました。

 挨拶の内容は全く覚えていませんが何という頭の大きい方だという印象だけが残っています。


by keiteki-siratori | 2018-09-03 10:46

7月園長だより

青春していますか

青春とは人生のある期間ではなく 心の持ちかたをいう

このフレーズから始まるサムエルウルマン作の青春という詩に出会ったときは感動でした。

いつになっても青春していたいものです。

以下この詩を転載させていただきます。

青春                作 サムエル・ウルマン  訳 作山 宗久

青春とは人生のある期間ではなく

心の持ちかたを言う

ばらの面差し 紅の唇 しなやかな手足ではなく

たくましい意思 ゆたかな想像力 炎える情熱をさす

青春とは人生の深い泉の清新さをいう

青春とは臆病さを退ける勇気

安きにつく気持ちを振り捨てる冒険心を意味する

ときには二十才の青年よりも六十才の人に青春がある

年を重ねただけで人は老いない

理想を失うとき初めて老いる

歳月は皮ふにしわを増すが熱情を失えば心はしぼむ

苦悩・恐怖・失望により気力は地に這い精神は芥になる

六十才であろうと十六才であろうと人の胸には

驚異に魅かれる心 おさな児のような未知への探求心

人生への興味の歓喜がある

君にも吾にも見えざる駅逓が心にある

人から神から美、希望、よろこび、勇気

力の霊感を受ける限り君は若い

霊感が絶え精神が皮肉の雪におおわれ

悲歎の氷にとざされるとき

二十才であろうと人は老いる

頭を高く上げ希望の波をとらえる限り

八十才であろうと人は青春にして巳む

「青春とは心の若さである」 角川文庫


by keiteki-siratori | 2018-07-02 12:09

6月園長だより

小麦の生育を通して、その種を残そうとするすさまじい執念を

感動と驚異をもって毎年みつめています。

以下の文章は平成292月園長だよりで書いたものです。今年も麦秋を
迎えて、このような光景が必ずみられると思います。種の保存にかける様
々な生き物の執念を小麦を通して感じていただければと思います。そして
人間はどうあるべきかを考えていただければと思います。

『今年は無事にりっぱに麦が発芽して子ども達に念願の麦踏みをしてもら
うことができました。最近では麦など生産しるところは殆どなくなってしまい、
その姿さえ見ることができなくなってしまいました。

こんな訳で、子ども達には麦踏みを体験してほしいのです。何時の日か農
業をする人になるかもしれませんし、場合によると食料に困って麦を作らね
ばならない日がやってくるかもしれません。その日のために頭の隅にでもこ
の体験を残しておいてほしいのです。別にこんなことをしなくても、麦わら屋
根の家などという昔話や話題が出た時「あの時麦踏みをした小麦で屋根が
作られているのだ」ということがわかるだけでも、こういう体験がなければ想
像もできません。どんな体験でも無駄なものはありません。

さて今年は1月になって寒い日が続いています。花が咲き実を結ぶ植物は
この寒さを体験すること、春化処理を体験することがとても大切です。植物
だけでなく動物にとっても、人間にとってもこの寒さは心身を鍛え力強く育つ
には不可欠です。麦踏みの役割は、霜柱で盛り上がった土を踏みしめ、しっ
かりと根づかせる。人間で言えば足腰をしっかりと鍛えるということに当たりま
しょうか。

こうして3月の半ばくらいから茎ができ背丈もどんどん大きくなり4月になると
穂ばらみ、やがて青い麦の穂が出揃います。そして4月の後半から黄色に色
づき始め5月の半ばには黄金色の麦秋を迎えます。そして麦刈りが始まりま
す。毎年のことですが、一列の畝の両端に殆ど麦が黄色く実っているのに十
数本の青い未熟なものがあるのです。そしてよく見ると青い穂が出ているも
の、穂ばらんでいるもの、穂ばらむ前のものと大まかに見て三種類くらいの
青い麦があるのです。これにぶつかると、刈って捨ててしまおうか、それとも
このままにして完熟するのを待とうかと甚だ困惑することしきりです。

それにしてもどうして畝の両端に未熟な青い成長の度合いの違う麦が存在
するのだろうかと、そのたびに考えるのですが中々その回答がみつからない。

いつのことだったかそれをみつかることが出来ました。それはもしも、台風な
どが襲来して暴風雨が吹き荒れ大水が出て熟れた大部分の麦が流されてし
まった時に、先ず最初に穂の出ている青い麦が実って種を残す、それも流さ
れてしまったりしたら次に穂ばらんでいた麦が生長して種を残す、これも駄目
だったら穂ばらんでもいなかった最も幼い麦が生長して種を残す。少なくとも
このような三段仕掛けで種を残そうと考えているいとさえ思え、何とも執拗で、
たくましくすばらしい種々の保存への執念かと驚嘆するのであります。そして
あらゆる動物を含む全ての生物は、その生命のあらん限りをつくして自分の
種族の保存に命をかけます。それにしても、文明度の高い国々の人々は種
を残すということに淡泊になり少子化し、我々ホモサピエンスという人種も滅
亡する一因になるのではないかと危惧しております。冗談ではありませんぞ?』


by keiteki-siratori | 2018-06-01 12:21

5月園長だより

臨界期のある、とても大切な脳、眼窩前頭皮質について

1.スキンシップをしっかり取る→おんぶ抱っこ。添い寝にオッパイ。
2.して良い事してはいけないこと、しなければならないことをきち
んと教える。この二つの事、特に2.は毅然としてしっかり教えこと。
以上の1.2.をすることが大事な脳、眼窩前頭皮質を育てるために
絶対に必要なことと言われています。眼窩前頭皮質という脳は、新皮
質の人間脳と古い皮質の動物脳を中継する脳を言います。前頭前野
(理性の脳)と大脳辺縁系とは直接繋がることはなく、必ずこの眼窩
前頭皮質という中継脳を通って相互に情報が伝達される。
古い皮質の辺縁系にある欲望・欲求や情動(怒りや不安)はこの脳を
中継して昇華され、意思、意図、意欲、やる気がまんする力等、人間
しての大切な資質に変化する。また前頭前野の情報は欲望や怒り不安
の情動を抑制し、暴力などの暴発をおさえて理性をなくした動物的行
動をとらせないように働く。
この中継脳は二歳半をピークに三歳までに臨界期を迎えてしまい、
それ以降は上記のスキンシップや躾という環境刺激を与えても、もう
完全なこの役割を果たす脳は作ることが出来ないという。機会でいえ
ば不完全なそれを使ってその後の一生涯を過ごすと言うことになり、
欲望や怒りが暴発して他人を傷つけたり、時には殺害してしまうとい
うことになってしまうこともある。
最近の事件の中で、子どもからかなりのお年寄りに至るまで、この眼
窩前頭皮質が十分に形成されないで、理性を失った恐ろしい事件が多
発しれいるように思えます。
乳幼児期の脳の発達がいかに大切か思い知らされます。
by keiteki-siratori | 2018-05-02 11:09

4月園長だより

進級、新入園おめでとうございます。

<沖縄八重岳の緋寒桜は頂上から麓に向かって咲く―花が咲き、
実をしっかりとつけていくためには冬の寒さがどうしても必要>

この31649名の卒業生が終了証書のほかに小さな賞状を
一枚以上持って巣立っていきました。それは二ヶ月皆勤賞―
これを5枚頑張ると一年皆勤賞につながる。虫歯がない賞、
虫歯があっても痛いのを我慢してよく治療した賞、よい返事、
よい挨拶、履物をよく揃えられた、よい態度で出席報告がで
きた。一年、二年精勤賞、皆勤賞等々。

 ある研修会で有名な教育者である向山洋一氏は、赤城山の麓に
ある赤城少年院の院長先生のこんな話を紹介しておられました。

 「この少年院には関東中の猛者たちが集まってきます。この
子達に共通なこと、一つは両親にも、先生にも一度もほめられた
ことがない。二つ目は達成感を味わったことが一度もないという
ことです。」

 私はこの話を聞いて、幼稚園を卒業していく時は修了証書の
ほかに小さくても良い、もう一枚賞状を持っていってほしいと
考え、上述のような、いろいろな賞状を贈ることにしました。
少なくとも赤城少年院行きの予備軍にはならないようにと。

 さて、沖縄の緋寒桜は2月前後に咲き始めます。面白いこと
に、同県にある八重岳の桜は、温度の低い寒い頂上から咲き始
め、暖かい麓に向かって、だんだんと咲いていくそうです。
早く寒さを経験した頂上の桜から咲き始めるのはこういった
理由によることで良い花が咲き、立派な実を実らせることが
できるのです。

 さて、子ども達にとってこの寒さに当たるものは、入園当初
あれば、温かいお母さんや、家庭から離れて幼稚園で過ごすこ
ともそうでしょう。進級した子ども達にとっては夏の暑さ、冬
の寒さの中での体育ローテーション等もなれ、自分のペースが
つかめるまではこれに当たると思います。幼稚園での初めての
体験はすべて小さい寒さにあたることでしょう。しかし、毎日
毎日、わずかずつですが、体験が積み増され、初めての体験で
も子どもなりに、予測ができるようになります。こうなると、
少し位の寒さは何とも思わなくなります。

 適当な寒さは花が美しく咲き、実るために必要なように、
子ども達にとっても大切な体験となります。

より良く育つ環境、刺激を適切に与え、心身ともにバランスの
取れた活き活きとした子ども達を育成して行きたいと思います。
今年度もどうぞよろしくお願い致します。


by keiteki-siratori | 2018-04-16 11:16
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白鳥幼稚園の子ども達の様子をご紹介します


by keiteki-siratori
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